高森顕徹先生との出会い

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豪雪の中を歩かれ、「無常だから、じっとしとれん」(2/5)

説法会場は戦場

 高森顕徹先生は朝・昼・夜とご説法されて、そのあと座談会が続く。気がつくと、夜が白々と明けて、
「いけない、高森先生に休んでいただかねば」
と思ったことがよくありました。

 昼のご法話が終わって、帰ろうとする人があると、玄関で、


「後生が何ともならんと、帰ろうとされるんですか。よう帰れるなあ」

とおっしゃいました。
普通の布教使とまったく違います。私たちの後生だけを念じておられることが、お姿に表れていました。
  汗みどろになっておられた時に、高森顕徹先生にお風呂をお勧めしても、

「戦争場に来ているのと同じだから、入りません」

と、おっしゃったこともあります。

 

布団の下は無間の火城

 東円堂という所に、広兼さん(仮名)という人がありました。広兼さんの家で、高森顕徹先生のご法座があった時、お世話される方で、長五郎さんという人がありました。

 ご説法も終わり、高森先生と同じ座敷に休まれた時のことです。夜中に高森顕徹先生は、お疲れでお休みになられなかったのか、そばで寝ている五郎さんの胸をたたいて、

「五郎さん、床の下は無間の火城ですよ。ぐうぐうのんきに寝ているけれど」

とおっしゃったそうです。
  五郎さんは、

「ほんとに驚いた」
と言っておられました。

 

空のご法礼袋

 宇賀野の蓮成寺でのご説法で、ある同行が高森顕徹先生にご法礼をお渡しした時、中にまだ何も入れていなかったことがありました。

 気づいた人が、私に、高森先生にお尋ねせよと言うので、申し上げたところ、


「私のような者の話を聞いてくだされるだけでも、大変うれしく思っています」

とおっしゃいました。
  ほかにもいろいろ、失礼がありましたことを、大変申し訳なく思っております。

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親鸞会と高森顕徹先生|昭和黎明期の記録 @2006- 親鸞会 会員